2017/6/7 姫路城
本日お魚の話題ありません。
先日、姫路に行ってきました。純粋に観光です。23年前に千葉から広島に転勤してきて、「そのうち行こう。」と思いつつも、「いつでも行ける」という気持ちがどこかにあって、今まで行きませんでした。桜の季節が良いんだそうですが、混むだろうからやめよう、とか、平成の大修理で、今はやめとこうとか、いろいろ言い訳は見つかるもので。
広島発7:19の新幹線に乗ると、福山に通勤するとみられる方々で自由席は一杯。なるほど朝は通勤電車になっているんだなぁ、と気がつきました。思った通り、福山で大勢下車し、ガラッと空きます。約1時間で姫路へ。駅を降りると大通りの真正面にお城が見えます。お城(天守閣)は9:00開門なのでゆっくり歩いていきました。
20分ほど歩くとお城の前です。お堀にかかった橋を渡り、門を入ると広場になっています。
姫路城には大昔来たことがあるのですが平成の大修理が終わってからは初めて。だんだん近づくにつれてその壮麗さが迫力をもって伝わってきます。
9時の開門を待って並ぶ人々。
やがて開門し、入場料1040円(天守閣と西の丸の共通入場券)を払って天守閣への道をたどり始めると、突然何かの撮影クルーが。忍者までいます。
と見る間に、城門から着物の長身女性と忍者の一団が現れました。お姫様とその警固の忍者?
着物といっても、あれはゆかたじゃない・・・? 忍者が活動した時代とゆかたが一般に着られるようになった時代って違うんじゃないの? お姫様がゆかたで歩くのか?
私の?にはお構いなく、長身のお姫様はゆかたを翻して去ってゆくのでした。
驚いたことに、撮影クルーの話している言葉はイタリア語でした。さすが世界遺産の姫路城。
天守閣を攻略しはじめました。ここはTVの時代劇なんかでもよく出てくるおなじみの場所ですね。
途中を省略、最上階につきました。はるかに瀬戸内海が見えます。
瀬戸内海に浮かぶ島でしょう。全面削られていますね。
帰宅後調べたら、男鹿島という島のようです。
全部削っちゃって、平らにするつもりでしょうか?
最上階には神棚があってお神酒が上げられています。
八重垣ですね。「垣」の字が読めません。
天守閣を下って「備前丸」という広場に出ました。堂々たるものです。
それから千姫がお住まいになったという西の丸へ。この角度から見る天守閣も良いですね。
かなり歩きました。お城の隣に好古園という庭園がありますので拝観。
広島の縮景園のようです。
秋の紅葉の頃はまた良いでしょう。
園内のレストラン、活水軒で昼食をいただきました。
1750円。
昼食を終えて11:30ぐらいでした。姫路観光の案内を見ますと、姫路城と並んで必ず挙げられているのが、書写山圓教寺というお寺、ラストサムライ、など多くの映画のロケ地にもなったところだそうです。ラストサムライは私も何年か前に見たこともあり、興味があったので行ってみることにしました。お城の前の停留所からバスで20分ぐらいで書写山のふもとにつき、そこからロープウエーで登ります。
ロープウエーを降りたところから、さらにマイクロバスで急な道を上り下りして伽藍の中心部(摩尼殿・国重文)にたどり着きます。歩いても行けるようでしたがもはや足腰がグラグラして遭難しそうだったので。
そこからさらに歩いて、ラストサムライの撮影場所食堂(じきどう)など三つの建物がある場所へ。
これが食堂です。確かにこんな建物でしたよ。ここで真田博之やトム・クルーズがドタバタ(失礼!)やったんですね。
その食堂の二階から。あまりに天気が良すぎて写真のコントラストが強くなりすぎです。(だいぶ修正しました)
この一画はほとんど現代風のものが無く、時代にぽっかり取り残されたような印象です。
でもよくよくながめるとこんなものが。
食堂のかなり高い位置に刻み込まれた落書きです。困ったことに広島県人の仕業です。しかもでかでかと名前まで。ただ、その字体を見ると「廣島縣賀茂郡竹原町」というような古い字が使われています。また竹原が賀茂郡に所属していたのは昭和31年3月末までだったようですので、少なくとも50年以上前、ひょっとしたら戦前かもしれません。(竹原町が発足したのは明治22年4月16日) 今とは公衆道徳の感覚が違っていたんでしょう。
夕方の新幹線で帰ってきました。この日歩いた歩数が約23000歩、疲れました。
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先日、姫路に行ってきました。純粋に観光です。23年前に千葉から広島に転勤してきて、「そのうち行こう。」と思いつつも、「いつでも行ける」という気持ちがどこかにあって、今まで行きませんでした。桜の季節が良いんだそうですが、混むだろうからやめよう、とか、平成の大修理で、今はやめとこうとか、いろいろ言い訳は見つかるもので。
広島発7:19の新幹線に乗ると、福山に通勤するとみられる方々で自由席は一杯。なるほど朝は通勤電車になっているんだなぁ、と気がつきました。思った通り、福山で大勢下車し、ガラッと空きます。約1時間で姫路へ。駅を降りると大通りの真正面にお城が見えます。お城(天守閣)は9:00開門なのでゆっくり歩いていきました。
20分ほど歩くとお城の前です。お堀にかかった橋を渡り、門を入ると広場になっています。
姫路城には大昔来たことがあるのですが平成の大修理が終わってからは初めて。だんだん近づくにつれてその壮麗さが迫力をもって伝わってきます。
9時の開門を待って並ぶ人々。
やがて開門し、入場料1040円(天守閣と西の丸の共通入場券)を払って天守閣への道をたどり始めると、突然何かの撮影クルーが。忍者までいます。
と見る間に、城門から着物の長身女性と忍者の一団が現れました。お姫様とその警固の忍者?
着物といっても、あれはゆかたじゃない・・・? 忍者が活動した時代とゆかたが一般に着られるようになった時代って違うんじゃないの? お姫様がゆかたで歩くのか?
私の?にはお構いなく、長身のお姫様はゆかたを翻して去ってゆくのでした。
驚いたことに、撮影クルーの話している言葉はイタリア語でした。さすが世界遺産の姫路城。
天守閣を攻略しはじめました。ここはTVの時代劇なんかでもよく出てくるおなじみの場所ですね。
途中を省略、最上階につきました。はるかに瀬戸内海が見えます。
瀬戸内海に浮かぶ島でしょう。全面削られていますね。
帰宅後調べたら、男鹿島という島のようです。
全部削っちゃって、平らにするつもりでしょうか?
最上階には神棚があってお神酒が上げられています。
八重垣ですね。「垣」の字が読めません。
天守閣を下って「備前丸」という広場に出ました。堂々たるものです。
それから千姫がお住まいになったという西の丸へ。この角度から見る天守閣も良いですね。
かなり歩きました。お城の隣に好古園という庭園がありますので拝観。
広島の縮景園のようです。
秋の紅葉の頃はまた良いでしょう。
園内のレストラン、活水軒で昼食をいただきました。
1750円。
昼食を終えて11:30ぐらいでした。姫路観光の案内を見ますと、姫路城と並んで必ず挙げられているのが、書写山圓教寺というお寺、ラストサムライ、など多くの映画のロケ地にもなったところだそうです。ラストサムライは私も何年か前に見たこともあり、興味があったので行ってみることにしました。お城の前の停留所からバスで20分ぐらいで書写山のふもとにつき、そこからロープウエーで登ります。
ロープウエーを降りたところから、さらにマイクロバスで急な道を上り下りして伽藍の中心部(摩尼殿・国重文)にたどり着きます。歩いても行けるようでしたがもはや足腰がグラグラして遭難しそうだったので。
そこからさらに歩いて、ラストサムライの撮影場所食堂(じきどう)など三つの建物がある場所へ。
これが食堂です。確かにこんな建物でしたよ。ここで真田博之やトム・クルーズがドタバタ(失礼!)やったんですね。
その食堂の二階から。あまりに天気が良すぎて写真のコントラストが強くなりすぎです。(だいぶ修正しました)
この一画はほとんど現代風のものが無く、時代にぽっかり取り残されたような印象です。
でもよくよくながめるとこんなものが。
食堂のかなり高い位置に刻み込まれた落書きです。困ったことに広島県人の仕業です。しかもでかでかと名前まで。ただ、その字体を見ると「廣島縣賀茂郡竹原町」というような古い字が使われています。また竹原が賀茂郡に所属していたのは昭和31年3月末までだったようですので、少なくとも50年以上前、ひょっとしたら戦前かもしれません。(竹原町が発足したのは明治22年4月16日) 今とは公衆道徳の感覚が違っていたんでしょう。
夕方の新幹線で帰ってきました。この日歩いた歩数が約23000歩、疲れました。
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