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2011/8/5 気仙沼で震災復興ボランティア その1

 7月24日から29日まで、宮城県気仙沼市に行ってきました。震災復興支援ボランティア活動をするためです。

 ボランティア? この私が?? 一体なぜ???

 なぜそういうことになったか、という経緯は以下の通り。

 実は今年、私は勤務先の職場で新入社員の教育研修に一枚かんでいたのです。で、四月末のある日、私の上司が突然、

 「アナゴ君、千年に一度という稀有な災害の年に入社した今年の新入社員に、被災地の状況を見せ、苦しんでいる被災者を無償で助けるという経験をさせてやってはどうかね、もし希望者がいれば。」

と言い出したのです。「エェーッ! まためんどくさいことを・・・!」 というのが私の正直な反応でした。だってそうじゃありませんか、ボランティアは宿泊・食事・活動装備・被災現地との交渉、といった点をすべて自分でまかなうことが原則で、私はそんなことにはまったく無知・無経験です。できるわけが無い・・・

 結局、職場の労働組合、およびその上部団体である全国組織がすでに展開している復興支援活動に乗っかることができるということになり、ヒョウタンからコマ、新入社員諸君(のうち希望者)を東北まで派遣する、ということがあれよあれよと言う間に決まっちゃったんですねえ・・・。
 でも、最近の若いもんが、3Kの極致とも言うべきボランティア活動なんかに興味を示すのかしら? という私の危惧を尻目に、10名が手を上げました。

 ンー・・・なかなか捨てたもんじゃないね、と感心しておりましたところ、なぜか
アナゴさん、あんたも当然行くんでしょ? 岩手出身だし。
という雰囲気が醸成され、・・・ンま、そういうことになったわけです。
 でも、若者10人に混じって、腰痛もちの五十代後半のオッサンが行っていいもんでしょうか?  

 多大なる不安をもっていってきた気仙沼、いろいろ感じるところがありました。以下、二回に分けてご報告いたします。


日程は以下の通り。

7/23(土) 広島から新幹線で東京へ。御茶ノ水泊。

7/24(日) 10時 御茶ノ水の集合場所へ集まり、ガイダンス。
      11時 我々11名を含め総勢28名、バスで東北へ。
      17時 岩手県一関市千厩(センマヤ)町の宿舎到着。千厩町武道館の柔道場が宿舎。

7/25(月)~ 7/29(金) 宮城県気仙沼市の被災地で活動。内容は、水田の瓦礫の撤去、泥の除去、市内の被災ビル周囲の泥だし、瓦礫撤去、・・・といったところです。

7/29(金) 深夜、千厩をバスで出発、翌朝6AMごろ東京着、解散。

7/30(土) 広島へ帰宅。


 千厩体育館です。天井が落ちたり窓ガラスが割れていたりするため、立ち入り禁止。宿舎となった武道館はこの隣です。
DSCF1657 千厩町体育館 W


 武道館は柔道場として使うために畳敷きです。寝泊りに適しています。
DSCF1647 柔道場で寝泊り W

 気仙沼市南部、階上(ハシカミ)地区の水田。海岸から1kmほどのところですが、すっかり泥をかぶって稲作ができる状態ではありません。
DSCF1650 水田 W

 大型の瓦礫はすでに整理された状態でした。我々は、側溝の泥上げや漂着家屋の解体撤去を行いました。
DSCF1651 水田の瓦礫撤去 W
この漂着家屋は、海水浴場の「海の家」のシャワー室です。


 天気がいい日だったのでテントを張り、昼食、休息を。
DSCF1697 テントで昼食 W

 この水田の持ち主は若い姉妹でしたが、ご両親、祖父母含め、6人の親族を今回の震災でなくされたそうです。しかし、いずれここを水田として生き返らせる、という強い気持ちに、我々の方が打たれました。そうです、遠くないいつの日か、ここに実る美味い米と気仙沼に上がる新鮮な魚で世界一の寿司ができるでしょう。それを食べにまたここに来ようじゃありませんか。



 27日(水)、朝から不安定な天気で雷がなったりしています。水田のような平たんな場所は落雷事故が心配され、結局この日は、作業中止。

 できるだけ被害の実態をこの目で見て帰ろう、ということで、気仙沼漁港を訪れました。漁船が打ち上げられたままになっています。
DSCF1705 打ち上げられた漁船 W



 漁港に隣接して魚市場がありました。この屋上に上って津波から逃れた方もいるとのことです。
DSCF1711 気仙沼漁港と魚市場 W



漁港の対岸です。まだほとんど手が付けられていないとか。
DSCF1716 気仙沼漁港 対岸 W



 魚市場はすでに営業を再開しており、この日もカツオの水揚げがあったそうです。気仙沼はカツオの水揚げ日本一だったんですよね。
DSCF1719 魚市場 W
でも地盤沈下で、満潮時にはこのセリのフロアの半ばまで海水が上がるそうです。たまたま話を聞いた港湾関係者によれば、地盤沈下の影響はかさ上げをすることで比較的容易に復旧できる、問題は費用の点だけだ、早く何とかしてほしい、と切実なようでした。


 海の男たちのつながりは強く、鹿児島など遠方の漁船も気仙沼に魚を揚げてくれるそうです。でも、その心意気にいつまでも甘えているわけには行かない・・・という、苦しいところのようです。
DSCF1708 カツオの水揚げ再開 W
水産加工施設、製氷会社、漁のためのエサの供給体制、などインフラが整わないと、漁港として十分な機能を発揮できないというようなことも聞きました。何とか一歩一歩復興への道をたどって欲しいものです。



 以下、その2、で。





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気仙沼

 な、なんと。

 気仙沼にお越しだったのですか。
画像を見ますと、もしかしたら、すれ違って
いるかも知れません。
 水臭いですね。ご連絡いただければ、津波の
被害を受けなかったお店にでもご案内しました
のに・・・。

No title

サエモンさん、すみません。

無断で気仙沼に足を踏み入れたら、サエモンさんに叱られるかなぁ・・・と思ったのですが、今回はほぼ24時間団体行動だったもので、失礼しました。

気仙沼のボランティアセンターで毎朝9時過ぎ、赤い帽子をかぶった団体がうろうろしていたのをもしかしたらご覧になったかも知れません。あの中にいました。
私自身は労働組合員ではないのですが、一番上に書いたような経緯で便乗したのです。

No title

こんにちは

まだまだ、震災の爪痕はあちらこちらにあるのですね、
報道が少なくなくなると、ついつい復旧が進んでいるように
感じていました。

現地での活動もさることながら…
ボランティアは「自己完結」が鉄則ですから、事前の準備等は
かなりご苦労されたのではないでしょうか。
本当にお疲れ様でした。

親族を亡くされて、気丈に水田を守る姉妹のお話しに逆に
勇気を貰ったような気がしています。




No title

こんばんは、はるさんさん。

実際には、労働組合(とその上部団体)が確立した運営システムに乗っかるだけだったので、そんなに大変ということはありませんでした。

復興といっても、お金をかけてバリバリ進められることもありますが、また一からコツコツと積み上げる努力が必要とされる面もあるようです。
この先何年も何十年も、そして被災者にとっては一生かかるんでしょうね・・・。

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やる気の無い奴がいない

何処の職場でも、やる気の無い奴が一人か二人あるいはもっといるものです。
ボランディアではそれが一人もいない!これは新鮮な経験でした。

んでれさん

今晩は。
古い記事なんですが、コメントをいただき、ありがとうございます。
なるほど、そういうことってあるんでしょうね。
私はこのようなボランティア活動の経験ってあまりないんですが、でもこのときはやはり、自分がここで作業していることの意味とか自問自答しながら、汗をかいていました。
やはり、通常の職場と違って、非日常的な緊張感があるからでしょう。
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