一筆書き

 一筆書きという遊びというかパズルがありますよね。数学でグラフ理論という分野があり、その研究対象になっているそうです。古くはオイラーが、ケーニヒスブルグ(現在のロシア、カリーニングラード)市内にかかる7つの橋を、それぞれの橋を一度だけ渡って、すべての橋を渡れるか? という問題を一筆書きの問題として解決した(渡れない)という話が有名です。日本でも19世紀の和算家・武田真元( ~1847)が、大阪中ノ島にかかる28の橋を同じように渡れるか、という問題を考え「浪花二十八橋智恵渡り」と名づけたそうです。これも結論から言うと渡れない。

 で、わが広島は大田川河口のデルタに発達した町であり、大変多くの橋があります。上流で大田川が大田川放水路と分かれるところをデルタの始点とすると、枝分かれした六本の支流に合計57本の橋がかかっています。これを、それぞれ2度わたらずに、全部渡れるか、すなわち「広島五十七橋智恵渡り」、という問題を考えてみました。結論から言うと、渡れるようです。ただし、同じところに戻ってくる、という条件をつけるとできないということになります。

 この一筆書きという言葉を英和辞典で引くと、a picture drawn without lifting the brush from the paper (プログレッシブ和英中辞典)などと、「説明」は載っていますが、「単語」としては出てきません。英和辞典には unicursal(一筆書きできる)という形容詞が数学用語として出ていました。

 そういう単語がない、ということはそういう概念がないということでしょうか。英語文化圏の人々は一筆書きを遊びやパズルとしてしないのでしょうか。という疑問を、Yahoo知恵袋に投稿したところ、unicursal ということばが必ずしも数学者だけの言葉ではなく、一般に一筆書きを表す言葉として使われている、という回答が寄せられました。いただいた回答には、unicursal にかんするweb site が親切に添えられており、大変参考になりました。

 そのsiteをながめて感じたのですが、ヨーロッパでの一筆書きにはオカルトっぽいニュアンスが色濃く見られる、ということです。数学と神秘主義の結びつきというのはピタゴラスの昔からあることですし、他のすべての学問と同じく数学も神学に従属するものとされていた時代が長く続いたヨーロッパですから、不思議ではないともいえるのでしょう。しかし日本ではそういった意味合いがまったくなく、単なる無邪気な頭の体操とされていることを考えると、あらためて文化の違いというものを感じました。

 広島五十七橋智恵渡りについては、また正確に調べて、実行してみようと思っています。

 さて、昨日27日のお魚ツアー。
 大手町おかず工房でカワハギを買いました。
100227 カワハギ  22.5
28cm、590g。1100円を奮発しました。
ちなみに、広島では(西日本一般にか?)カワハギを「ハゲ」と呼びますが、単にハゲといった場合はウマヅラハギをさすようです。では馬面でないほんとのカワハギはなんというかといえば、「丸ハゲ」です。馬面のように体型が長くないので「丸」なんでしょうが、それにしてもマルハゲとはなんぼなんでも・・・。差別用語では?

薄作りにして肝酢でいただくとこたえられません。
100227 カワハギ刺身  20

それから舟入市場で、チカメキントキを見つけました。
100227 チカメキントキ1  30
ごくたまにしか店頭に出てこない魚です。手のひらサイズの小さめのもので1尾300円。素人板前が遊ぶのにちょうどいい。
チカメという名前は「近目」でしょうかね?
100227 チカメキントキ3 27
取り立てて近目というわけでもなさそうですが。

もうすぐ三月、八百屋の店頭で菜の花が春を告げています。
100227 ナノハナ  30

もう一つ見つけた春の使者。階段の手すりにあらわれた1cmほどの羽虫、カゲロウの一種でしょうか。
100227 羽虫4  27






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